振り返ってday634のこと
こんにちは、ひららんです。
骨髄移植から1年8ヶ月あまり
合唱団員として舞台に復帰してオーケストラと共演することができました!
くしくも結婚記念日で(天皇陛下ご夫妻と同じ日です///でもうちの方が早いので真似じゃないです)、夫婦でステージで迎えることができるという最高の1日になりました。
要点はここまでです。あとは長文なので忙しい人は読まなくていいよw
ここに立っていられることが奇跡なのだと、それだけで感激できた1日でした。
指導者の皆さま、スタッフの皆さま、一緒に演奏をしてくれた楽友、そして聴きに来てくれた皆さまに心から感謝いたします。
11月に団長先生から
「今のあなたの体で、あなたの声でできる最高の恩返しよ!」
とお誘いをいただいてから、あっという間の7カ月。
誤解のないように言っておきますが、こちらから「病身だけど出たい!出してくれ!!」と頼み込んだわけではなく、「歌える人に出てほしい、継子さんにどうしても出てほしい」と団長先生から口説き落とされたからです念のため
ステージや練習場所が関西なので、まずはそれに参加すること自体が不安材料でした。が、夫(テノール)と娘と三男(わが家の少年少女合唱団ガチ組)を引き込んで、サポート体制を整えて参加することができました。
時には1人で新幹線移動をしたこともあり
定期的に発熱があって不安を覚えることもあり
5月下旬にようやくゲネプロに参加でき
前日練習~本番の留守は長男・次男に四男を頼み
前日の合唱練習が終わった時点で足がフラフラ、ゲネプロは1曲目は座ったまま歌うくらいへばってしまいました。宿舎に着いて転がったら、しばらく丸太でしたね。
でも、同窓会のように嬉しい再会がたくさんあって、33年前にこの曲を初めて歌った仲間と一緒に歌えたことは本当にありがたく幸せな時間でした。
夫がずっと「本番までは無理したらアカン」と言い続けてくれて(すごくハラハラしていたみたいです)、私も本番で最高の状態でいられるように、それだけを思って無我夢中でした。だからゲネプロ中にもときどき休憩したりしてましたソレデイイヨネ
本番のオーケストラがまあ本当に素晴らしくて!
特に山田耕筰先生の曲は待機時間が長かったので、舞台にいながらにして観客気分ですごい役得感でした。今まで聴いた&歌ったどの演奏会よりも素敵だったんじゃないでしょうか!
團伊玖磨先生の曲は、自分が病気を乗り越えてきた日々も重なって、本番では泣くまいと言い聞かせていたのに無理でした。これまでの自分にはできなかった、今だからこそできる演奏だったのではないかと思います。
同級生の妹さんで世界的なヴィオラ奏者さんとご一緒できたのも、控えめに言って最高かよ!!(たぶんキタラホール以来)
これからももっともっとうまくなりたい。ただ今回「犯人は私です」なとこもあったから猛省してます、、。
これからも、自分が歌えるかぎり、できるだけいい声で歌い続けたい。家族の都合が合わない時に一人でも参加できるようになりたい。
そう、思いを新たにしました。
問題は「一人でも」ってとこで
今回は
・マイカー移動
・家族のサポート付き
でなんとか乗り切ることができましたが、泊まりだと
・自分の荷物を自分で持ちきれない
・公共の交通機関で移動するだけの余力がない(本当に歌うだけの体力しかない)
ことが明らかになったので、やはりリハビリも頑張っていかねば。
颯爽と歩いて電車移動とかよゆーよゆー
それぐらいにならないと、一人で参加は無理だもんね。
音楽って本当に素晴らしい。
山田耕筰先生、團伊玖磨先生、最高です。
合唱を親身に指導してくださった先生にも心から感謝です。
直近の演奏会(今月下旬)は無理なので、できれば10月を目標に体力をつけていきましょー!
それにつけても
安念千恵子さんのアルトソロは素晴らしかったなあ。
思うところはいろいろありましたが、これ以上は省きます。
自分が舞台に立てるようになったことがまだ夢のようで…。
これからも、歌い続けます!
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